プロフィール

野口 銀河のプロフィール

1985年6月18日生まれ。静岡県三島市の携帯の電波も未だに不安定な山奥に実家があります。

高校卒業後10年ほど離れていましたが今はまた生家に戻って生活しています。男3兄弟の長男で双子座のA型、身長185cm、体重90kgほどです。

仕事はBUYMA(バイマ)パーソナルショッパー、ブロガー、ネットショップ運営、ホームページ制作、バーテンダー、DJ、WEBメディア運営などを行なっています。

小学校〜中学卒業まで

小学校は地元の小学校へ。家が山奥で通学路は街灯も家もない上に、徒歩だと1時間くらいかかるため両親の通勤に合わせて車で送ってもらっていました。

中学は地元の公立中学に入らず、小学生で受験勉強をして地元ではそれなりに名前の通った私立の中学に入学。小学校で6年間過ごした友達とは離れて別の学校に入ることは抵抗がありましたが、本気で嫌だったわけでもなく、まだ子供だったので特に自分で意思決定をせずに受験しました。

無事に入学してバスケ部にも入部。よく「あ! だから背大きいんだー」と言われますが、入部当初は145cmほどしかなく周りでも小さい方でした。ところが中学の3年間でなんと30cmほど伸びて周りを一気にごぼう抜きに。

ただし大きくなった時にはすでに中体連も終わって引退後でしたw 家族全員大きいので背は完全に遺伝でしょう。

高校でストリートカルチャーとの出会い

その後高校は学校が中高一貫だったのでそのままエスカレーター式に同じ高校へ。校舎も何も変わらず真新しさは皆無でした。

大きくなっていたので高校でもバスケ部に誘われましたが外で遊びたかったので断りました。中学の時には外でただプラプラと遊んでるしかなかった僕を夢中にさせる出会いがあったのです。

それがHip Hop(ヒップホップ)でした。地元の公園でたむろしブーンボックスというでかいラジカセで爆音で曲をかけているのはDJをやっている先輩。

聞けば自作の最新のミックステープだそう。その周りでビートを元にサイファー(フリースタイル)しているラッパー、ブレイクダンスを踊るダンサー、スケーター、BMX、ダブルダッチやってる人なんかも居ました。

当時はまだインターネットなんて普及して居なかったので、マンハッタンレコーズのカタログを見ながら1人が代表してみんなの分までまとめてファックスで頼んで送料削減する。みたいな……懐かしいw

今考えてもすごい光景でそりゃもう衝撃を受けハマりにハマりました。楽しそうなことも悪そうなことも怖そうなことも色々学んだし全部が刺激的で「外で遊ぶこと」がこんなに楽しいのかと思った時期です。

さらに当時は『IWGP(池袋ウエストゲートパーク)』のヒットやカラーギャングの増加などもあって世間ではいわゆる「B系ブーム」に。僕の地元の田舎町ですら出稼ぎの黒人が何件も服屋を構え商店街で声をかけてきましたね。

だからこそ「元から好きだった人」らは「ブームに乗っかった格好だけの人」らを毛嫌いしました。先輩らもそんな感じ。

僕もヒップホップにハマったことで音楽の話もしたかったし「そっち系」のファッションへの興味も出てたけど、「ブームに乗ったやつ」みたいになりたくなかったので見た目はそこまで変わらなかったと思う。

そんな出会いから高校の3年間はどっぷりとヒップホップに染まっていく時期でした。でも学校は中高一貫で地元でも名の知れた進学校。

就職させるなんて選択肢はなかったし(ツレが一人史上初の就職選んでたけどw)、短大や専門学校もあまりよくは思われず、「とにかく4年制の大学へ進学させる」という方針でした。だから高校1年の時点で理系か文系かを迫られ大学に合格することを目的に教育されました。

で、僕は全然将来の夢とかなかったけど「とにかく何学科か決めろ」状態だったこともあって「インテリアとか好きだしなんとなく建築学科」みたいな感じで方針を決めて受験。幸い当時「インテリなアウトロー」みたいなのに憧れてた(笑)のもあって勉強は嫌いじゃなかったので無事に倍率の高い第一志望に合格。

みんなが憧れの大都会東京へ進む中、またも一人で石川県の金沢へ引っ越しました。

初の一人暮らしと大学生活

初めての一人暮らしはそれはそれは快適でした。ずっと欲しかったターンテーブルも手に入れて晴れてDJの仲間入り。

もちろんクラブとかでは回してなくて自宅でひたすら好きな曲つないでテープにしたりMDにしたり。バイトで稼いだお金でパチンコに励み、勝ったお金は全てレコード、インテリア、服、飲みに消えました。

肝心の大学生活は夢に見た「キャンパスライフ」とは程遠く、朝から夕方までみっちり授業を受けてから一度家に帰って休憩、夜に再び体育館よりでかい24時間営業の自習室に集まり外が明るくなるまで課題をこなす日々でした。また、工業大学だったためとにかく女性が少なく「最悪だ」と思ったw

で、結局嫌すぎて2年の夏に中退して地元に帰ることに。帰ってから半年間今度は文系の勉強をして横浜の大学に1年生から入り直しました。

しかしこの時期に「クラブDJ」としてデビューしたことをきっかけにヒップホップライフに完全に火がつきまたも中退。つまり僕は大学を2度中退してます。

これは本当に親に対して申し訳ないと思うし「意思を持たない罪深さ」を知った時でした。適当に何も考えずにその場その場で人生を決めてきて周りの人間をがっかりさせてきましたが、生まれて初めてまともに親父の目を見て「音楽がやりたいから大学をやめたい。家は出ていく。大学にかかった金は全額返す」と自分のやりたいことと意思を伝えた日でした。

DJとしての活動期

大学を辞めたことで学生ではなくなり一応は社会人になった僕は22歳。ここからは「どうやって成り上がってやろうか」と闘志を燃やす日々でした。当時はインターネット回線はADSLが普及し完全に一般的に、携帯回線も「パケホーダイ」なるサービスが開始され田舎町でもネット社会になり始めました。

mixi(ミクシィ)が大流行していた時期ですね。この時から「ネットでの集客と可能性」を強く感じ始めました。

mixiがもともと招待制だったこともあり、「知り合いや友達同士で近況をシェアし合うサービス」のような使い方が主流でしたが、他県の音楽関係者へアプローチを行なったりプロフィールに検索キーワードを意識したり。2005年、6年にはTwitterやアメブロがサービスを開始しいち早く導入しました。

その後すぐにWordPressに乗り換えてブログやSNSによる集客、宣伝で効果を出し、この頃には毎週末は県外へDJとしてお呼びいただけるように。各地で飲んで踊って騒いで、現地のクラブ好きにも声かけてもらったり、CD出したりインタビュー受けたり本当に楽しかったです。

でも「DJとして名を売って有名になる」という野望はあってもまだまだ「ビジネス意識」は少なかったと思います。逆に「ビジネス」を意識した途端「音楽」よりも「ネット」のほうが比重が重かったし何より「ブログを使って情報を発信して共感の声を聞くこと」が嬉しかったし楽しかった。

当時はDJをやりながら建築系の仕事をしていたのですが毎日が嫌で嫌でしょうがなく、本当に毎日現場に向かうトラックの中で愚痴愚痴愚痴。会社に帰ってきてからも帰宅しても愚痴ばっかり言ってましたね。自分の中にも「辞めたい」という思いが強くなっていましたが、「入りたい」と思える仕事や会社に出会えずにいました。

「自由」を求めて会社を辞職

そこで一度自分と向き合って

  • 自分は何がしたいのか
  • どういう時が一番楽しいのか
  • 金と時間があったら何をするか

などを考えました。

  • 経営がしたい
    • 仕事は嫌いじゃない
    • むしろ成果が出るのは楽しい
    • もっと色々深い部分を考えたい
  • 金が欲しい
    • インテリアが好き
    • ファッションが好き
    • 飲み食いが好き
    • 旅行が好き
  • 時間が欲しい
    • 国内・海外各所を回って見聞を広げたい
    • 色々な人と話したい

などから逆に消去法で

もう雇われるのは嫌だ→自分で何かやるか→店を持つ?→休めなくなるな→「パソコンがあればできる仕事をすれば旅行中でも仕事ができる」みたいな感じ(もっともっと浅はかでしたが)で「ネットビジネスで独立する」ことを決意しました。ここからネットビジネスを調べたり本屋で自己啓発書やビジネス書を読み漁るように。

特に影響を受けたのが

  • 『男は一生、好きなことをやれ! - 里中李生』
  • 『好きなことだけして生きていけ - 千田琢哉』
  • 『新しい「男」のルール - 潮凪洋介』

の3冊。それぞれのキャッチコピー

  • 世間体を気にして、自分を小さくするな
  • 君にはいやなことをがまんする時間はない
  • 「仕事」と遊び」の境界線がない生き方

も思いっきり刺さった。これは「ヒップホップに出会った時と同じワクワク感」だと思いました。

この本に出会ったのが2014年の5月。それまでは「旅出たいなー」とか「ブログ書きたいなー」とか「起業したいなー」とか「仕事辞めたいなー」とかずっと言ってたけど言うだけで何もしない口だけ野郎でしたが、ふと来月に迫った自分の誕生日を意識すると「ヤバい!来月でもう29になる! 『あれしたい。これしたい』とか言いながら何もしないままこうやって30になってそのまま人生が終わる!」と感じてめちゃくちゃ焦りました。

で、「これはもうこのタイミングしかない」と思い次の日にいきなり会社に辞表w 6月いっぱいで仕事を辞めて7月からは「無職」になりました。

独立とかフリーランスとか起業とかそんななんかかっこいいやつじゃないです。手に職も収入源も入る見込みも無いんですからただの無職です。

就職する気もないからマジモンのニートですね。

やりたいことやってれば多少キツくても楽しい

さぁこれからどうしようか。と考えていた矢先にひょんなことから地元のDJ時代の先輩と1つのビジネスを始めることに。

ネットショップなんですけどね。アパレルとか全然関係なくて「歌うためのバックトラックを探しているアーティスト」と「歌うためのバックトラックを作曲しているクリエイター」を繋ぐ仲介サイトです。

これを2人で運営しようという話になり、WEBに多少の知識のある僕が更新・保守役。音楽的知識と権利等の専門知識のある先輩が構造や規約等の企画役。

ショッピングサイトは「カラーミー」等のサービスを使って構築する予定でしたが全然こちらのやりたいことがやれず……仕方がないので制作業者に見積もり出してもらったら「メールでもらった情報を見るだけでも最低でも300万以上。ざっくり考えだけでも500万くらいはかかります」だって。もう絶望だよね。

でも企画した以上はどうしてもやりたいし、なんとかなる方法はないかなーと考え抜いた結果、経緯は長くなるので割愛しますが、地元にある知り合いのウェブ制作会社の仕事を無料で手伝う代わりにHTMLを教えてもらったんです。結局完成まで1年半近くかかりましたが無事に完成しました。

それが「日本最大級のトラック提供サイト『オケプール』」です。

HTMLなんて全くわからないズブの素人が昼間は週6日間フルタイムでタダ働き&試行錯誤に勤め、夜は生活費を稼ぐためバーテンダーのアルバイトをするという生活を1年半も続けてようやく完成したのです。本当に大変でしたが300〜500万かかると言われたサイトを1年半で作ったんですから、年収200〜330万程度の仕事をしたと思えば気楽なものです。

さらに作るのに1年半かけたサイトを数ヶ月で1からフルリニューアルさせる知識と技術もつきました。人間その気になればやれるんですね。

その後ネットビジネスの可能性と面白みを知った僕は次にBUYMAを始めました。こちらはまだ1年目で目立った結果は出せていませんが「開始2ヶ月目で月商40万」ぐらいならいけました。

あくまで「売上」ですから利益は別ですがバーテンダーのアルバイトよりずっと率がいいですw 他にもブログを書くことが好きなので「ブロガー」を夢見て記事を書いてきたのですが僕の悪い癖が働きWordPress歴7、8年になるのに全然実っていません。

仕事も遊びも「ダンディ」に

さぁ、やっと本題。僕のこれからの人生の目標と使命です。

「プラス感情を与えられる人を育成すること」

人間は余裕が大事です。人生にゆとりを持って大きく構えることで懐と器の大きい大人になれます。

愚痴・文句・悪口・いじめ・いやがらせ・マナー違反・モラル欠如……今までの人生30年だけでも多くの「ダサい」人間を見てきたし自分も愚痴ばかり言っている時がありました。社会貢献とビジネスをきっかけに、時間・場所・金銭・人間関係のストレスから解放され他人の痛みに気付ける人間で満たされた世界を願っています。

本来のダンディズムとは違いますが僕は「本質を知ってかっこよく生きること」だと解釈しています。何かで悩んだ時は「それがダンディかどうか」で判断できます笑

男も女も「かっこよく」生きましょうよ。同僚の愚痴言ってるのもくだらない駐車違反してるのもオシャレを勘違いしてる結婚式参列者も後輩に嫌がらせしてるのも祝い事を素直に祝えないのも謝れないのも全然ダンディじゃないです。

ダンディな人間の周りにはダンディな人間が。モラルのない人間の周りにはモラルのない人間が集まります。

だってその方が居心地がいいから。要は「同じ価値観」のフィールドにいたいんですよね。

だからその価値観を上げることが僕の役目です。そのためには僕の発言に説得力を持たせなければならないし僕が体現しなければなりません。

嫌な人と嫌な時間は過ごさず、好きな人と好きな時間を過ごせる。そんな自分の理想とする生き方ができるように人生の選択肢を増やせるきっかけを作りたいです。

もちろん「楽に」はいきませんよ。フリーランスになったり事業展開して従業員を従える経営者になったり音楽で発信してみたり、少数派(マイノリティ)になるということは「右向け右」のこの日本では想像以上にアタリが強いです(特に身内からは)し、実際心配や反対されるのも納得なほど時間も労力もかかるでしょう。

それらを乗り越えた先を目標にする人たちと僕は過ごしたいです。

やりたいことやれてますか?

5年前にやりたいと思ってたことは5年間でいくつ減らせましたか?

その割合だとこの先30年でいくつ減らせますか?

自分を見失わず本当の理想のライフスタイルを見つめ直してみてください。長くなりましたが最後までお読みいただきありがとうございました。

 

夢をカタチにするお手伝い。

「自由」がテーマのダンディズム研究家 野口 銀河

ダンディでハッピーな世の中にしませんか?

当サイトではコンテンツを執筆いただけるライター様を募集しています。記事内容は「生活の質の向上」という本質から外れなければ何を書いてもOKです。

どんなことでも構いません。読む人が楽しめる記事、必要であると思う情報などを写真、動画を交えながら投稿します。

私たちの日常と私たちの仕事はいつも新鮮なアイデアに溢れ、好奇心とワクワクで満ちています。好奇心を持ち続けて情報を収集し続けること、いま必要のない機能や情報はどんどん捨てていく勇気、そもそも何のための行動なのかはっきりさせることを常に意識し、ひとりひとりがベストを尽くすことで、クライアントだけでなく仲間からも感謝される。

「ありがとう」の一言でもっと頑張ろうという気持ちになる。そういった日々の積み重ねがチームの力となり、結果としてこれまで以上に感謝していただける仕事ができる。

それは仕事をきっかけにストレスから解放され他人の痛みに気付ける人間で満たされた平和な世界につながる。そんなダンディでハッピーなスパイラルを一緒に創っていける仲間を募集します。